大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成12年(ワ)4632号 判決

原告

【A】

被告

株式会社サンリオ

右代表者代表取締役

【B】

右訴訟代理人弁護士

下山博造

石川道夫

石井光穂

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月三一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、別紙(一)記載①ないし⑩の図柄(以下、各図柄を順に「被告図柄①」ないし「被告図柄⑩」といい、これらを併せて「被告図柄」という。)を著作したと被告が主張する者の氏名と、その者の作品を提示して、その内容を明らかにせよ。

三  被告は、原告に対し、被告が現在までに発表したキャラクターを明らかにせよ。

四  原告が被告図柄の著作権を有することを確認する。

第二事案の概要

一  前提となる事実(認定事実には証拠を掲げる。)

1  原告は、昭和四七年ころから、カエルをモチーフにしたイラストレーションを描き始め、次のとおり、別紙(二)記載(1)ないし(4)②のイラストレーション(以下、各イラストレーションを順に「本件著作物(1)」ないし「本件著作物(4)②」といい、これらを併せて「本件著作物」という。)を制作した(甲第三、第四、第六、第七号証、第八号証の一ないし三、弁論の全趣旨)。

(一) 原告は、昭和五七年六月二九日、本件著作物(1)を含む絵画を制作した(甲第四号証)。

(二) 原告は、昭和五七年一二月一四日、本件著作物(2)を含む絵画を制作した(甲第四号証)。

(三) 原告は、昭和六二年二月一二日、本件著作物(3)①ないし⑥を含む童話の原画を制作した(甲第八号証の一)。

(四) 原告は、昭和六二年二月二二日、本件著作物(4)①②を含む絵画を制作した(甲第八号証の二、三)。

2  被告は、昭和六三年から、被告図柄を制作し、これをケロケロケロッピの名称で、グリーティングカードを始めとするギフト商品に使用し、また、メーカー等に対して被告図柄を衣類、履物、菓子、寝具、台所用品、文房具等に使用することを許諾するなどしている(甲第一〇号証、第一九号証の一、第二二号証の一ないし三、弁論の全趣旨)。

二  本件は、原告が、被告図柄は本件著作物を複製又は翻案したものであって、被告は、被告図柄の使用によって、原告が本件著作物及び本件著作物の二次的著作物について有する複製権、翻案権、上演権、放送権、展示権、上映権、頒布権、貸与権を侵害しているほか、原告が本件著作物について有する同一性保持権、公表権、氏名表示権を侵害していると主張して、損害賠償を請求し、併せて原告が被告図柄の著作権を有することの確認等を求めている事案である。

第三争点及びこれに関する当事者の主張

一  争点

1  被告図柄による原告の著作権侵害の有無

2  損害の発生及び額

二  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

【原告の主張】

(一) 被告図柄と本件著作物は、次の点において酷似している。

(1) 一番の特徴である顔の輪郭が、太い単純な丸みのある線で、横長の丸一つに目の部分の小さい丸二つが交差するように描かれている。

(2) 口が輪郭線で描かれている。

(3) 黒目が三重丸で描かれ、中心に白い部分がある。

(4) 頭と身体のバランス(プロポーション)がほぼ同じである。

(二) 原告は、昭和六二年二月一七日に株式会社学習研究社の編集総務部室長【C】に、同月二四日に株式会社ほるぷ出版の【D】に、本件著作物(3)①ないし⑥を見せた。また、原告は、右同日に株式会社ペンギン社の代表取締役【E】に、本件著作物(4)①②の原画を見せ、預けたが、返還されなかった。したがって、被告の社員が本件著作物に接した可能性がある。

本件著作物は単純なラインと美しいフォルムを特徴としているため、これに接した者は、容易に記憶、再現が可能である。

よって、被告図柄は、本件著作物に依拠して、製作されたものである。

(三) 右(一)、(二)によると、被告図柄は、本件著作物を複製又は翻案したものということができる。

【被告の主張】

(一)

(1) 被告図柄と本件著作物は、いずれもカエルを擬人化した図柄であり、カエル自体の有する本質的特徴(①顔の輪郭が横長である、②目が飛び出している、③頭が大きく、体型が二又は三頭身である、④足が短い等)は類似せざるを得ない。

したがって、被告図柄が本件著作物を複製又は翻案したものであるというためには、前記のようなカエルの本質的特徴以外の部分において際立った特徴を有し、その特徴が共通していることを要する。

(2) 本件著作物に共通するカエルの本質的特徴以外の特徴は、①黒目が三重丸で描かれ、中心に白い部分がある。②黒目の部分が青又は青紫色に彩色されている。③ピンク色の靴を履いている。④手足が細長いという四点にあるが、被告図柄はこの四点の特徴をいずれも有しない。

(3) かえって、被告図柄と本件著作物の間には、以下の際立った相違点がある。

① 被告図柄には鼻がないが、本件著作物には鼻がある。

② 被告図柄は口を閉じ、かつ、閉じた口の形が谷型になっているが、本件著作物は口を開けているものが多く、閉じている場合にはU字型になっている。

③ 被告図柄は顔、胴体及び手足が薄い黄緑色であるが、本件著作物は顔、手足が青又は濃い黄緑色である。

④ 被告図柄は手足が太く、靴を履いていないが、本件著作物は手足が細長く、必ずピンク色の靴を履いている。

⑤ 被告図柄は頬にピンク色の丸が描かれているが、本件著作物にはこれがない。

⑥ 被告図柄は手が三又(三本指)であるが、本件著作物は手が二又(二本指)である。

⑦ 被告図柄は頭が胴よりも大きく、その比率は約一・五頭身と一定であるが、本件著作物は概ね二頭身で、その比率も一定ではない。

(二)

(1) 本件著作物がいずれも公表されていない以上、被告の制作担当者が本件著作物に接する可能性はないから、被告図柄が本件著作物に依拠して製作されることはあり得ない。

(2) なお、被告図柄は、昭和六二年、被告商品部企画制作課において、昭和六三年六月の雨の日プロモーション向けのキャラクターとして、カエルをモチーフとしたキャラクターのコンペを行った結果、同課勤務の制作担当者によって創作されたものである。

2  争点2について

【原告の主張】

被告が原告の著作権を侵害したことにより、原告が被った損害は、一〇〇万円を下らないから、原告は被告に対し、損害賠償金一〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月三一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

【被告の主張】

原告の主張を争う。

第四当裁判所の判断

一  被告図柄が本件著作物を複製又は翻案したものといえるかどうかについて以下判断する。

1  被告図柄と本件著作物を対比すると、次の事実が認められる。

(一) 顔の輪郭

本件著作物と被告図柄は、いずれも横長の楕円とそれに交差する目を表す二つの真円で顔の輪郭を形作っている。

しかし、本件著作物では目を表す二つの真円が離れており、その間にも顔の輪郭線が描かれているのに対し、被告図柄では二つの円が隙間なく接している。

(二) 鼻

本件著作物は、顔の中央部に二つの点からなる鼻が描かれているのに対し、被告図柄には、鼻が描かれていない。

(三) 目

本件著作物の目は、三重の真円で描かれ、最も内側の円と内側から二番目の円の間(黒目に相当する部分)が青又は青紫色に彩色され、最も内側の円の内部(瞳孔に相当する部分)が白く描かれているもの(本件著作物(1)、(2)、(3)①ないし④、(4)①②)と、逆U字型のもの(本件著作物(3)⑤⑥)がある。これに対し、被告図柄の目は、二重の真円で描かれ、黒目に相当する中央の円が黒く塗りつぶされているもの(被告図柄①の左目、②③⑤⑦⑧)、逆くの字型のもの(被告図柄①の右目)、逆U字型のもの(被告図柄④)、目が三重の真円で描かれ、最も内側の円と内側から二番目の円の間が黒色に彩色され、最も内側の円の内部が白く描かれているもの(被告図柄⑥)、渦巻き状のもの(被告図柄⑨)、二重の楕円で描かれ、黒目に相当する中央の円が黒く塗りつぶされているもの(被告図柄⑩)がある。

右の被告図柄①ないし③、⑤、⑦ないし⑩の目が本件著作物の目と異なることは明らかである。

右の被告図柄⑥の目は、目が三重の真円で描かれ、最も内側の円と内側から二番目の円の間が彩色され、最も内側の円の内部が白く描かれている点において、本件著作物の目と共通するが、本件著作物の目が青又は青紫色に彩色されているのに対し、被告図柄⑥の目は、黒色に採色されているうえ、最も外側の円の中における内側の二つの円の大きさや配置が、本件著作物の目とは異なっている。また、被告図柄⑥の目には、最も外側の円に左右二本ずつの睫毛が描かれているが、本件著作物には睫毛がなく、この点でも異なる。

右の被告図柄④の目は、逆U字型である点において、本件著作物の目と共通するが、目の細かい形や配置は、本件著作物の目とは異なる。

(四) 頬

被告図柄は、左右の頬の部分にピンク色又は赤色に彩色された真円が描かれているもの(被告図柄①、④ないし⑦、⑨⑩)があるが、本件著作物には、これに相当するものはない。

(五) 口

(1) 本件著作物の口は、閉じている場合にはU字型(本件著作物(2)、(4)①②)又は逆U字型(本件著作物(1))に輪郭線で描かれており、U字型の場合は、口の両端が線で止められている。これに対し、被告図柄の口は、輪郭線で描かれており、V字型に描かれているもの(被告図柄①③⑤⑥⑨)、U字型に描かれているもの(被告図柄②④⑩)、波線で描かれているもの(被告図柄⑦)、横に直線で描かれているもの(被告図柄⑧)がある。

右の被告図柄①③⑤ないし⑨の口が、本件著作物の閉じている口と異なることは明らかである。

右の被告図柄②④⑩の口は、U字型に輪郭線で描かれているが、口の両端を止める線はなく、U字の形も本件著作物とは異なる。

(2) 本件著作物の口の中には、大きく開かれているものがあり(本件著作物(3)②ないし⑥)、開いた口の中央には、すべて濃いピンク色に彩色された小さなハート型が描かれている。また、正面を向いている図柄の場合、口は横方向に顔いっぱいに大きく開かれ、その形はひょうたん型で、内部が薄いピンク色に彩色されている(本件著作物(3)③⑤⑥)。これに対して、被告図柄の口は閉じられている。

なお、甲第二二号証の一ないし三によると、ケロケロケロッピと称されるキャラクターの一部には、口を開けたものも存するが、その場合の口は縦長又は横長の小さな楕円であり、最も大きい場合でも片目の円より小さく描かれ、口の内部には何も描かれていないことが認められる。

(六) 手

本件著作物の手は、腕に相当する細い部分があり、その先端に二又の手袋状の手が描かれているのに対し、被告図柄の手は、腕に相当する部分がなく、胴体から直接、三又の手が出ているように描かれている。

(七) 足

本件著作物の足は、脚に相当する細長い部分があり、その先端にピンク色の靴を履いているのに対し、被告図柄の足は、脚に相当する部分がなく、胴体から直接、三又の足が出ているように描かれている。また、被告図柄の足は短く、靴も履いていない。

(八) 頭と身体のバランス

本件著作物は、頭(顔)部分よりも身体部分の方が長く、甲第一八号証の一、二によると、その割合は必ずしも一定しておらず、平均すると約二頭身になるものと認められる。これに対し、被告図柄は、頭(顔)部分が身体部分より長く、同号証によると、被告図柄⑩を除いて、その割合はほぼ一定しており、約一・五頭身であると認められる。

(九) 色

本件著作物は、顔、腕、手及び脚が青緑色(本件著作物(1)(2))又は緑色(本件著作物(3)①ないし⑥、(4)①②)に彩色されているのに対し、被告図柄は、顔、手及び足が薄い黄緑色(被告図柄①ないし⑤、⑦)、薄い緑色(被告図柄⑥⑩)又は黄緑色(被告図柄⑧⑨)に彩色されている。

2  右1認定の事実によると、本件著作物と被告図柄の間には、顔の輪郭が横長の楕円とそれに交差する目を表す二つの真円で形作られているという共通点があるが、顔の輪郭について右1(一)認定の、顔を構成する主要な要素である鼻、目、頬及び口について右1(二)ないし(五)認定の、手、足及び頭と身体のバランスについて右1(六)ないし(八)認定の、色について右1(九)認定の各相違点が存することが認められる。

なお、右1認定の事実によると、本件著作物の各著作物と被告図柄の各図柄を個々に比べた場合には、目及び口について部分的に共通する点があるが、その場合でも、共通する部分の細部は異なっているし、共通する部分以外の部分には大きな相違が存することが認められる。

したがって、本件著作物と被告図柄の間の共通点は少なく、全体として受ける印象もかなり異なっているということができるから、本件著作物と被告図柄の同一性を認めることはできないし、被告図柄から本件著作物の表現形式上の特徴を直接感得することもできない。

3  よって、その余の点について判断するまでもなく、被告図柄が本件著作物を複製又は翻案したものということはできない。

二  右一で述べたところによると、原告の請求一、四は、理由がない。

請求二、三については、請求の根拠を欠くから、理由がない。

三  以上の次第で、原告の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 岡口基一 裁判官 男澤聡子)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例